過労自殺者がでた電通について

電通は完璧にブラック企業。そして政治的にも反日企業である。

この企業をして過労死続出の実態から「悪しき日本型雇用の典型」という謂いもある。しかし電通は日本型雇用の企業ではない。電通は非日本型雇用の典型である。

いわば、人をヒトとみている、つまりモノとしか見ていない唯物主義的企業であり、換言すればマルクス主義的企業であり、共産主義的企業なのである。労働者を非人間的にしか扱わないこの非人道的企業を世論と政府は許すべきではない。

だが、この企業と縁の深いマスコミの取り上げ方は実に浅く・薄く・弱い。
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たばこ値上げ賛成

煙草についてこんな記事があった。
「自民党の受動喫煙防止議員連盟会長の山東昭子元参院副議長は25日、首相官邸で菅義偉官房長官と会い、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた受動喫煙防止対策として、たばこ税の増税により、たばこ1箱の価格を1000円以上に引き上げるよう申し入れた。」

思うに、
タバコはひと箱2000円でもいい。こんな殺人嗜好品は地球上から消滅するのがいい。仕事でも喫煙者は休憩時間外に喫煙室で休憩している。その分、彼らー後輩含むーが席を立った時にはまじめにデスクで仕事をしている非喫煙者が彼らの分までも電話対応しなければならない。

就業時間中における仕事場を離れて喫煙室での喫煙する者らについては、法的になんらかの制裁を加えるべきである。例えば、健康保険料10%課金とかね。健康保険料は事業者折半なんだが、喫煙課金分は本人自己負担とすべき。また、喫煙室の使用は有料制(500円/回)にし、その料金をボーナス期に非喫煙者に還付する。いいアイデアだと思うんだが。元記事

反日組織の日教組における不道徳

デイリー新潮に[日教組委員長の「ダブル不倫」が発覚 組合費での豪遊も]というこんな記事があった。
以下一部引用
「今年3月に日本教職員組合(日教組)委員長に就任した岡本泰良氏(56)が、夫のいる女性と不倫関係にあることがわかった。
 岡本委員長は、大分県で小学校の教諭を務めた教育者で、大分県教組・連合大分で要職を歴任している。日本最大の教職員の労組である日教組の長で、まさに先生のお手本である人物だが、夫と2人の子供をもつ、ホステス兼歌手の女性(44)と不倫関係にあった。岡本委員長は地元の大分県に妻子を残す単身赴任の身であるから、ダブル不倫ということになる。」

思うに、
  日教組はいわずとしれた共産党系の労働組合。共産主義者の思想行動は既存伝統文化の中で迫害され続けたユダヤ人を保護するするためにその既存の伝統文化や道徳を破壊することが大きな行動目標のひとつである(ルカーチ・フランクフルト流)。

不倫だって、旧来の日本の家族制度を破壊する一つの手段に過ぎない。それを日教組の長が自ら実践しているというのはいわば率先垂範にすぎない。

ただユダヤ人自身はこうした不道徳に陥らず堅実な家庭生活を維持している。ユダヤ人のために退廃・破滅・破綻するのはユダヤ人以外なのである。元記事

精神疾患者による犯罪とその社会的予防

門真市で起こった殺人事件は精神科病院に通院中の統合失調症の24歳男性による犯罪。浦安市ではわけのわからないことを言っている女性が通り魔事件を起こした。私たちの周囲には他害行為をいつ起こすかわからない精神疾患者がいるという社会的リスクがあるということだ。この理由は一つには国の政策で社会保障費削減の目的から一般病院だけでなく、精神科病院でも入院期間を短くせよというお達しがある。

以前のように精神疾患を抱えて不安定な人が長く病院内の閉鎖的空間に住し、外の一般社会に出ることはなくその分本人は犯罪者になることから守られ、一般社会で普通に生活している人もそうした疾患者による反z内から身を守られていた。もう一つは抗精神病薬が改良され、きちんと服薬していれば自傷他害行為を抑える効果のある薬が出回るようになり、入院するほど重度の患者が減ったということもある。

ただし、この場合、気を付けないといけないのはいくら薬がよくなってもその薬をきちんと医師の指示通りに服薬しなければ意味がない点である。そもそも統合失調症患者の中には服薬自己管理が難しい人もおり、それをあk族が担保するということもあったがその家族(親であることが多い)が高齢になってくるとなかなか服薬も順守されなくなる。病院側も行政指導で入院を減らせ、入院期間を短くせよというわけだから、多少患者側に問題があるにせよ退院させ、通院に切り替えることもなくはない。政府の方針だから、今後もこうした無辜の市民がいわれなき殺人の犠牲者となることは侭あることだろう。

思うに、社会保障費の予算が足りないのであれば、一つは在日韓国人への生活保護を停止すること、診療費の自己負担額を5割に上げること、90歳以下の高齢者は3割自己負担とすること、そして社会保障費のうち精神科関係をとりわけ、これには厚生労働省の予算枠からだけでなく、法務省の予算枠からも負担することが両案として挙げられるだろう。というのも、精神科病院は社会秩序の維持に貢献しているからである。

USJによる日本人形への冒涜ー日本文化への侮辱ーと人形の反撃

神社に供養のためにおさめられた日本人形を借り受け、お化け屋敷をつくったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、日本人形協会から猛抗議を受け、ネットでも炎上している。事の是非はさておき、USJはメディア対応や事前のリスク洗い出しなど、多くの点で失敗している。(記事元は以下に)

USJは、当分の間、営業停止にすべきでは?。呪い人形だなんて、人形制作者からすると侮辱以外の何物でもない。また、日本文化への冒涜でもある。いや待て、むしろ、これこそが人形の呪いではないか。私たちを晒しものにしたからには滅びるしかないとの怨念がUSJを暴走へといざなっているのかもしれない。日本人形が胚胎するその魔性の魅力つまり魔力ではないか。

日本人形の魔力がUSJという金の猛者連の目を狂わせ、汚名晒し企画で江湖に反感を湧き起らせ企業組織そのものを壊滅に追い込むんでいるのである。この人形の真の呪いはおそらくUSJという組織体のみに及ぶわけではなく来館し、日本人形を慰み物にした客らにも降りかかることだろう。これが本当に怖い日本人形の呪い。触らぬ神に祟りなしの俚諺は今も生きていたのだ。USJの呪い人形企画の失敗

「土人」発言?  いいじゃないか

昨今問題になっている沖縄でのこと、左翼の暴力的講義に機動隊が「土人」と発言したことについて、ばかばかしい警察批判、公権力批判が」続いている。マスコミも一斉に講義側の悪ではなく、機動隊隊員の悪、政府側の悪という主張である。本来この件で問題にすべきは何なのだ?  

根拠なき抗議活動をするのも左翼、暴言があったとニュースを流すのも報道もとは左翼の沖縄タイムスや琉球新報、それを全国に垂れ流すのも左翼支配のNHK。保守や政府側のまっとうな言動は報じられず、左翼の暴言暴力が正当な権利としてなぜか間違って報じられている。価値観が逆転してしまっている。それがレーニン・マルクス・ルカーチ主義の本領。こんな暴言は許されてしかるべき。こうした悪を被害者として報じる報道姿勢そのものを国民は批判するべきである。

本来の記事は左翼活動家いわゆるプロ市民が機動隊に暴言を吐かせるほど不法行為を行っているという内容でなければなあr内。ここで機動隊を批判するのは全く間違っている。

死刑制度反対は弁護士の職務怠慢・良心の免罪符


作家で悪徳僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)が、日本弁護士連合会のシンポジウムに寄せたビデオメッセージで死刑制度を批判し、「殺したがるばかどもと戦ってください」と発言した、日本中から批判を浴びたことは記憶に新しい。

こうした被害者セカンド・マーダー(第二の殺人)をしでかす寂聴の発言を受けて、被害者家族は公けの集りの場で以下のような反論を行った。  
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161008-00010000-fukui-l18  
「なぜ殺人犯を被害者より大事にする 日弁連死刑廃止宣言を遺族ら批判」(福井新聞10/8オンライン記事より)
>>「人を殺してはいけないから死刑に反対と言うならば、殺された被害者のことが全く抜け落ちている」と訴えたのは、あすの会副代表幹事の渡辺保さん(64)。2000年に娘が殺害され、6年後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っていた妻を踏切事故で亡くした。「全てが冤罪(えんざい)のない裁判をするのが先で、冤罪が死刑廃止につながるのは納得できない」と憤った。>>


思うに、まったく被害者家族の主張は正論である。
奇妙な論点のずれで日本ではなぜか人権感覚が被害者人権ではなく、加害者人権重視につながている。被害者本人と顔z区はその顔写真や住所、職業、国籍が暴露されるが、加害者についてはマスコミは沈黙を基本て身に守る。在日韓国・朝鮮人が犯罪ならなおさらのことである。

死刑制度反対論の弁護士らは冤罪の可能性もあるので全面的に死刑反対とのことだ。しかし、上記引用記事において「全てが冤罪(えんざい)のない裁判をするのが先で、冤罪が死刑廃止につながるのは納得できない」と意見しているとおり、死刑制度において冤罪による死刑が執行されないように弁護士が正確を期した弁護をすればいいだけのことである。弁護士は冤罪をつくらないように法廷闘争を展開すればよいのであって確実な殺人犯については法に従って死刑を執行することを法の正義の順守として尊ぶべきである。

冤罪の可能性があるから死刑制度反対というのは、ほかでもない弁護士の職務怠慢である。死刑制度廃止はいわば弁護士の冤罪―弁護士の弁護能力不足ゆえに冤罪者を死刑にせざるをえなかった―を防ぐための道具であってはならない。

人の生と死について

人の生と死。生の場合、それは生まれると言い、受動的表現。死の場合、それは死ぬと言い、能動的表現。

人は自らの意思で自らを生むのではなく、あくまで母親に生まれる。

人は生まれて成長し大人になる。大人になるのは突然完成されるわけではなく、死の瞬間まで大人になり続けていく。

その間に自らの終わりの時と場所と意味を探すのが人生経験。自らに自らにより終いをつける、それが死。死は能動性を持つ。人に託された最後の自由。その自由の行使が死。最後の時を選ぶのはあなた自身。

人が死を思うとき、それは今その自由を行使する瞬間が訪れているという機会。

苦悩から解放される、魂の自由が今まさにあなたの意思にかかっている。

死はあなたの心の扉をやさしくノックしている。

死は決して身勝手なものではなく、卑怯なことではなく、逃げではなく、負けではなく、そうした価値観を超えたところに、そうした基準がない世界の広がり。
プロフィール

 軽部勇人

Author: 軽部勇人
A missionary in this Cyber Church

職業:医療関係
過去には10年ほど某教会の牧師をやっていました。他にもアルバイトを含め、さまざまな仕事を経験してきました。

趣味:哲学書・神学書の翻訳味読、歴史書精読(近現代史)・戦国史研究、民俗学研究

特技:ランニング
35年以上やってます。
10代は走力の限界への挑戦。
20,30代以降は身体的・精神的カタルシス効果の獲得。

信条:近現代史に関して、おそらく日本でオンリーワンの認識をもつミッショナリーです。反日活動家の侮日発言や特亜三国の歴史捏造に対してプロテスト(抗議)します。

なお、統一教会、ものみの塔、モルモン教会とは関係ありません。

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