患者の声を聞かない主治医たち

精神科の病棟には様々な患者が入院しています。そんな彼らが主治医の診察時はもとより、何かの用事で主治医が病棟を訪れ、その姿を見つけたときにはいろいろと自分の思いをぶつけています。その思いとは当然のことながら混乱した心の表現ですから、妄想や取りとめのないことが多いのです。

そんな彼らに主治医はどのように接しているのか。中には傍から見ていて「なんて心ないことを言うのだろう」と感じることも間々あります。医者も人間ですから。毎度毎度同じことを、しかも支離滅裂な内容で抗精神病薬の副作用で舌が回らないため何を言っているのかよく聞き取れないのですから、聴く側は大変です。しかしそれでも聴く態度を持ってほしいものです。傾聴する態度です。

なぜ日本人医師は聴かないのか?傾聴しないのか?原因は対話の習慣がないことでは。「目は口ほどにものを言い」とか察しのコミュニケーション文化が言葉を介してのコミュニケーションを重要なものと考えてはいないのではないでしょうか。

言語を介しての意思伝達の習慣。対話の原型は祈りと私は考えています。神への祈りです。祈りにおいて自身の言葉にならぬ思いをコトバで伝えることの重要性。

こうした祈りの伝統―別の形の祈りの伝統はあるとしても―がない精神文化の背景に患者の声、言葉、コトバを聴かない主治医が許されている気がしてなりません。そんなところには癒しはありません。
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善なる神が創造した人間はなぜ罪を犯すのか

キリスト教にとって神が存在することはアプリオリ(先験的・証明以前・超越論的)な前提です。
そしてその神が善なることも疑いなき前提です。
聖書にはその神が人間を創造したと記されています。

ここに善なる神が創造した人間は善なるものであるはずであり、その人間が罪を犯すはずがないでしょう。
しかし、現実はどうでしょう。
殺人事件がニュースにならない日がないくらいであるし、世界では大量虐殺が歴史において繰り返されている。
現に残虐非道な殺人が喧伝されるご時世です。いわゆるイスラム国の暴挙の数々がまさにそれです。
いったいどういう論理の消息なのでしょう。

私はこう考えます。
神は他者によって影響されて動くような方ではなく、神ご自身が意思し、そのとおりに実現される方です。
創世記1章における創造記事はまさにそれです。
つまり、神は主体性を持たれています。
この主体性のある神によって人間は神ご自身に似るものとして創造されました。

「神は言われた。我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。・・・神は御自分にかたどって人を創造された。男と女に創造された。」(創世記1章26節以下)

つまり人間も主体性のある被造物です。
きっと神は人間を主体的な被造物として創造し、ご自身との豊かで喜びのある人格的な交流を期待されていたのでしょう。
人間は被造世界全体を享受し、神との交わりの内に喜びや楽しみを創造することを期待されていたことでしょう。
この主体性を人間は自らの意思によって誤った方向に使ってしまいました。
すでに最初の人アダムとエヴァにその傾向がみられました。
それはいわば神の御前における歩みを止め、逆方向に歩むそういう生き方を示していました。
神の御前から真逆の方向に歩みを変えた、
そういうふうに人間が主体性を誤用したときに人間は神に対して罪を犯したのでした。
この傾向は最初の人以降の全ての人間に見られる傾向です。
これが犯罪の起源であると私は思います。
善なる神が創造した人間はなぜ罪を犯すのか?
それは神が人間に与えたもう主体性を自らの意思によって誤用するからです。

社会秩序の維持機関としての精神科病院の役割―その経営費用の財源

社会保障費の増大が日本国の財政を圧迫していることは周知のとおりです。
とりわけ医療費の増大は予算編成時期に毎年の如く問題視されています。
やり玉に挙げられるのが診療報酬の見直し、入院期間の減少化、ベッド数の削減、精神科病院の社会的入院の削減などなどです。
一昔前にはいわゆる老人病院における高齢者の社会的入院が社会問題視され、
それまで病院に入院していた高齢者は介護保険という財源をつくって福祉施設に入所する形で解消しました。
尤もこの方面でも国費が増大しているのが現実です。

さて、精神科病院の社会的入院とは精神症状そのものは落ち着いており、本来ならば退院して生活できるレベルだが、受け入れ先がない人々が患者として入院しているという状況を言います。
社会的入院を含めて、精神科病院は規模の縮小を強いられています。
このような精神科病院を取り巻く環境をよそに
精神疾患者による犯罪と思われるものが世間を騒がせています。

自分を傷つけたり、他人に加害行為を及ぼす危険性がある場合、所定の手続きを経て措置入院や医療保護入院といった強制的入院をさせることができます。近所の人が包丁をもって歩いているとか、奇声を発しているとか、傷害事件を再々起こしている人間がいるとか、そうした人間については大きな刃傷沙汰を起こす前に強制的入院をさせるべきです。

そのためには医療費が必要です。その財源の確保としてただ厚生労働省の予算のみがカバーするのではなく、社会秩序の維持としての機能を精神科病院は有していることから法務省からも予算を出させるべきではないでしょうか。
プロフィール

 軽部勇人

Author: 軽部勇人
A missionary in this Cyber Church

職業:医療関係
過去には10年ほど某教会の牧師をやっていました。他にもアルバイトを含め、さまざまな仕事を経験してきました。

趣味:哲学書・神学書の翻訳味読、歴史書精読(近現代史)・戦国史研究、民俗学研究

特技:ランニング
35年以上やってます。
10代は走力の限界への挑戦。
20,30代以降は身体的・精神的カタルシス効果の獲得。

信条:近現代史に関して、おそらく日本でオンリーワンの認識をもつミッショナリーです。反日活動家の侮日発言や特亜三国の歴史捏造に対してプロテスト(抗議)します。

なお、統一教会、ものみの塔、モルモン教会とは関係ありません。

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