神学的思考作業の前の哲学用語の概念整理

趣味のための覚書です。

神学という大海に向かって臨むときに哲学という浜辺で波打ち際に棒を使ってしばしの記憶として書きとめた足跡の魚拓をとっておきます。

以下はHorst Georg PoehlmannのABRISS DER DOGMTIK p.20-21の記事の私訳です。

補説
スコラ的アリストテレス主義の鍵概念はとりわけpotentia(力、効果、影響力)―actus(運動、活動、行動)、 forma(形相)―materia(質料)、substantia(本質)―accidens(偶有、非本質)である。彼の知識はスコラ学やプロテスタント正統主義、そのほかの神学史の理解にとって不可欠であるのでここでそれらの相互関係(並びにスコラ学的原因)を簡潔に解説され、明らかにされねばならない。

potentia―actus:potentia(希語dynamis)は発揮されず、未完の、非完璧な、可能な存在、つまり構想存在である。他方、actus(希語energia)を伴うと事実上発揮された、完成した、実現された、実際の存在、つまり現実存在と考えられている。たとえば、木材は彫像や机、椅子といったものへの力(Potenz)を行為(Akt)としてもっている。椅子は例えばそれ自体の側に一つの新しい行為へともたらされるための、つまり例えば保管庫や武器や薪に充てられるための力をもっている。被造存在は常に力(Potenz)をもった有限の種々雑多な行為(Akt)であり、つまり新しい諸現実への能力と資質を伴ったひとつの現実である。神のみが力(Potenz)の混入なき純粋なる行為(Akt)である(actus prus純粋行為)。(<行為Akt>は現代的な哲学的・神学的語法の中よりもスコラ学の中に別の意味を有している。)

forma―materia:forma(morphe)は形成する本質的形式であり、それは質料を詳細に述べ、質料に永続的形式と確実性を与える(causa formalisあるいは形相因)。materia(hyle)に関しては質料と思われ、それは形成されず、規定できるものである(causa materialisあるいは質料因)。形相と質料は行為と力の関係に等しい。Materia(質料因)は例えば机の場合なら木材であり、forma(形相因)は机の形状(足をもつ平板)である。

質料因と形相因の内的原事実から作用因(causa efficiens)と目的因(causa finalis)あるいは目的が識別される。机という実例の場合、製作者の指物師がcausa efficiensあるいは作用因であり、そのうえで食事をすることがcausa finalisあるいは目的因である。(原因論は今日的な語法において原因という単語がたいてい作用因についての狭い意味のみをもっているので時折もつれている印象を与える。)

substantia―accidens:substantia(ousia, hypostasis)は、自己の内にて立っているもの、すなわち自立的存在物であり、あるものの中で他のものであってはならないものであり、変化にもかかわらずそのままであるものであり、本質形式(=forma)あるいは事物の本質であり(本性あるいは本質とも呼ばれる)、accidens(symbebekos)は非自立的存在物であり、それは自立的存在物すなわち本質に伴い、本質に対してのみ存続性を有しており、事物の本質に帰属しておらず、消失しうるものであり、事物の偶然的なもの(ad+cadere)であり、つまりそれは事物にとって必然ではなく、むしろただ単に偶然にふりかかってくるものなのである。机の偶有性はその色、大きさ、重さなどであり、本質は机の机存在 、その存在形式(脚の付いたプレート)である。

アリストテレスは本質と9個の偶有性から成る10個の範疇を知っている。9個の偶有性とは量・質・関係・場所・時間・状況・状態(付属性)・行為・苦難である。

文献証明
トマス・アクィナス『神学大全』所収「実体と本質について」、『哲学的スコラ学大全』IB.A.C.98,マドリード、1964年、586頁以下、634頁以下、642頁以下、767頁以下、B.ケーリン、『哲学教本』I、1957年、第5版、76頁以下、108頁以下、145頁以下。
スポンサーサイト

日本の番組にヒーロー物が多い理由

日本には子供向けの正義のヒーロー物のテレビ番組がたくさん作られてきました。

ウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズはその代表格ですね。

正義のヒーロー番組があるという事は、子供に夢を与えます。それは夢を与えるだけでなく、生き方を示し、人生の目標や同録を子供に伝える役割も果たしていました。そして、こうした番組が作られる背景にはそうした正義を良しとする、勧善懲悪を是とする社会の道徳意識が基盤とあり、これがあってこそこうした企画番組は成立しています。

子供向けの正義のヒーロー物番組が多いというのは、世界ベースでみると、とても珍しいことです。

隣国の中国や韓国にはこうしたヒーロー物はあるにはありますが数は少ないです。なかには日本の番組の影響を強く受けたと思われるものもあります(パクリ含む)。これは中国や韓国には正義が民衆の声になっていない、常識になっていないことがひとつの原因でしょう。

日本社会では嘘をつくこと、騙すこと、盗むことは子供頃からいけないこととして教えられます。日本の場合、共同体全体が義を好む、正義を尊ぶ傾向があります。その結果、世界でもまれにみるほど治安のよい安全な国として日本は有名です。

逆にしかし共同体内で嘘が頻繁にあり、だましだまされが横行し、泥棒も多いといったこんな状況では正義は普通ではありません、一般的ではありません。そうした社会では正義、まじめは馬鹿を見ると教えられます。むしろ、いかに他人を出し抜いて生きていくか、それが国民の知りたいテーマとなります。自然に子供向け番組において正義を訴えるヒーロー物の企画は少なくなります。

近隣諸国と比較した場合、日本に子供向けヒーロー番組が多いのは社会において正義を尊ぶ精神文化が根付いているからです。なお、大人向けには時代劇がその役割を担っています。水戸黄門や大岡越前、銭形平次などがその代表でしょう。これらの内容も勧善懲悪です。日本人は正義がとても好きな民族です。正義はある、正義は必ず勝つと信じて疑わない国民性を持っています。それはやはり実際にそうしたモデルが過去にあったために、それをイメージできるのです。もし、過去にそうした実在のモデルがなかったならば、イメージすることすらできず、こうした正義のヒーロー物はないとは言いませんが、きっと少なかったことでしょう。

ももいろクローバーZの国民的人気の理由―その心理学的・倫理学的・哲学的理由

ももクロZは今日の日本社会において絶大な人気を誇っている。ファン層は老若男女を問わず幅広く、そのコアなファン層はモノノフと呼ばれている。彼らを引き付ける魅力はなんなのだろうか。楽曲の良さ?優秀なスタッフ?もちろんそれもあるだろう。彼女らの衣装が戦闘アニメをモチーフとしていたり、ライブ・パフォーマンスではプロレスラーと絡んだりしている。彼女らは昭和臭のするお笑いにも果敢に挑戦している。

そうしたライブにおける奇抜な仕掛け、面白さからファンになる人々もいる。また、超有名アーティストがももクロZとのコラボをこれまでに行ってきている。一流のアーティストである彼らは彼女らの何に魅かれたのだろうか。以下に心理学的・倫理学的・哲学的アプローチによってももクロZの人気の本質に迫る。

彼女らはライブ・ステージで飛んだり・跳ねたり・しゃがんだり・走り回ったりとアイドルとは思えないほど激しく躍動し、しかも笑いを誘う珍妙なおどけ芸でさえ披露している。それらを元気いっぱいに満面の笑顔でやってのけて、しかも生歌を披露している。その生歌は彼女らの声と息遣いを通じて観衆に彼女らの歓喜と感激に満ち満ちた感情を直に伝わらせている。歌詞にも彼女らの等身大のメッセージが込められており、そこには背伸びは感じられないし、格好つけもないし、演技も感じられない。

いや、むしろそれらはあるのだろうが、まったくといっていいほど感じられない。それらを感じないのはなぜなのだろうか?彼女らの演技力?彼女らはそこまで老練なのか?熟達しているのか?そうではないだろう。むしろ、もっとプリミティブなもの、そう、彼女らが今出せるもの、彼女らだからこそ発揮できるものではないのか。

それが「本気」。彼女らの本気度120%のパフォーマンスがステージという仮想空間をリアルなものに変貌させてしまっている。彼女らの本気さがリアリティを作り上げているのである。ステージ上の彼女らは彼女ら自身をいつも本気で観衆にぶつけてくる。観衆は彼女らの本気さにいつも圧倒される。彼女らの本気を受け止めた観衆は内なる本気を覚醒される。観衆の内に飛び込んできた彼女らの本気は彼らを本気にさせる。本気で彼女らを応援したいと思わしめる。そうして彼らは彼女らのファンとなる。

また、彼女らが本気で彼女ら自身を観衆にぶつけるという事態は、観衆に彼女らを体験させる。観衆は彼女らを体験し、共感じ、一体性あるいは共同体性を覚える。観衆にとって彼女らは運命共同体であり、それは公には「自分の娘、妹、姪っ子」などと一般化されて表現されるに至る。以上の様な事態が彼女らの「本気」を巡って生起している。これが毎回繰り返され、ファンはまた次のコンサートに参加したいという中毒的欲求をもつようになるのである。ここにももクロZが日本社会において国民的アイドルと呼ばれる絶大な人気を誇る心理学的理由(根拠)がある。

彼女らの本気は日本人の道徳的心性をも満たしている。彼女らの本気度120%のパフォーマンスから日本人のもつ伝統的な道徳的価値観である一所懸命さ・ひた向きさ・まじめさ・全力・真剣さがひしひしと伝わってくる。観衆は彼女らのパフォーマンスにそれらを看て取り、「すばらしい」「すごい」「いいな」「かわいい」と感じ、応援したくなるのではないだろうか。こうした道徳的価値観の体現者は憧憬・尊敬の対象になるものである。これがももクロZが絶大な人気を誇る倫理学的理由(根拠)である。

観衆は年齢層や性差に関わりなく、誰もが彼女らの笑顔と歌とダンスにひきつけられる。それはとらえられる感じであり、魂が鷲掴みにされる感覚である。これは、哲学的に換言すると、今生きているがゆえに生き続けたいという無意識下の生の持続欲求が繰り出す力への指向が満たされるという事態ではないだろうか。

彼女らのステージ・パフォーマンスにおいて人の無意識下の生の持続欲求が繰り出す力への指向を生の力に満ち溢れた彼女らの笑顔と歌とダンスによって溢れんばかりに満たされ、力づけられる。それを多くのファンは「勇気をもらった」「力をもらった」「励まされた」「元気をもらった」と表現しているのではないだろうか?これがももクロZの絶大な人気の現象学的リアリズムによる哲学的解明であり、彼女らが国民的アイドルたる哲学的理由(根拠)である。

韓国人の侮日コメントへの懇切丁寧な反論

youtubeのある動画コメントにkoreasmという一韓国人から謝った歴史観に基づいた日本を侮辱する内容のコメントがありました。それに対して日韓併合時代の日本人が韓国人に対してそうであったように懇切丁寧に反論しました。
日本と韓国の歴史問題、韓国人の実態、韓国人からの日本批判に対する答え方の一例として提供します。

>かわいそうな日本人よ。
 この場合、「かわいそうな」という表現は日本語では目下のものから目上の者に対して使うべきものです。ですから使ってはいけませんね。

>千年経っても人間としての常識が理解できないですね。
 千年属国の歴史を、その悲惨な自民族の歴史を自覚せず、半島史上最大の繁栄と平和を見た日韓併合時代を不幸と表現する非常識ぶりは、やはり韓国人は理解力が劣っているのですね。

>朝鮮の街にウンコがあっちこっち散らばっていたことと、
>異族であるあなたたちの統治の下で綺麗な街になったから、
>その時が良かったかという問題は次元が異なります。
 この場合に次元を異ならせて考えるのは韓国人だけです。そもそも街に人糞が転がっていることを異様な光景と思わないのが韓国人のメンタリティですから、どうしようもないですね。

>日本の統治下になったのは、朝鮮の人が喜んで受け入れたことでなく、
>あくまでも強制的な植民地政策です。
 日本の保護統治下にはいったのは1910年当時の韓半島政府に国政運営能力がなく、常にロシアや支那の政治的軍事的干渉を受け、日本にまでその災禍がまさに及ぼうとしていたからです。日本政府は併合前に国際社会に併合の是非を問いました。すると、国際社会は一様に日本の判断を正しいとし、国際社会の安定のためには日本のその自己犠牲を高く評価しました。
  
 「朝鮮の人が喜んで受け入れたことではなく」は史実としては片手落ちの意見です。民衆史においては世情を理解せぬ、無学無知なる大衆が反対したという記述は強調されがちです。しかし、韓半島の政治史においては日本の併合の申し出を当時の無能な半島政府の実態ではやむなしとして受け入れ、日本に依存し、すべてを託した政府部内の人間がいました。

問題は当時の韓半島の政府中枢の人間が民衆に対して日韓併合を受け入れるように説得できなかったという無能さです。まあ、それだからこそ、国政運営能力がなく、併合せざるを得ないという事態に至ったわけですが。この点の指摘は当時の韓半島政府が無能であったことの証左でもありますね。
 
 ですから、「あくまで強制的な植民地政策」ではありません。そもそも植民地にされた国や地域の産業が発展したり、衛生環境の改善や医療の設備の構築(はじめからこうしたものは当地にはなかった)によって人口が爆発的に増加したり、教育制度の整備及びハングルが日本政府の方針によって教えられ識字率が高まったたこと、インフラ整備などなど、そうした植民地の人間が普遍的福祉を享受しうる政策が実行されるはずがありません。スペインやポルトガルの植民地であった南米諸国、イギリスの植民地インド、オランダの植民地インドネシア、フランスの植民地カンボジアをみれば一目瞭然でしょう。

>その当時は強い者が弱いものを堂々と支配するのは当たり前の
>ことだったとしても、
 韓国人の場合、単に力が弱かったのではなく、頭も弱かったのです。精神も弱かったのです。それは千年属国の歴史が示しています。あなたの先祖は敵に侵略されようともなんの抵抗もしないという民族の矜持・気概が微塵もなかったのです。韓国国内で放送されている歴史ドラマはまったくの嘘ですよ。

>流れ去った歴史に対して、当時の時代背景を語る前に、
>あなたたちは明白な侵略者でございます。
 この見解は実に韓国人的ですね。「当時の時代背景を語る前に」といって<<歴史を無視>>して、得手勝手に他者を侵略者呼ばわりしないでください。それはあなたたち韓民族の悪い癖です。

>他の人の家に無断に立ち入りした強盗だったです。強盗として無断に立ち入り、
>実家の利益のため貧乏だった相手の家にフライパンや洗剤を使わせ
>ていたのが、あなたたちがよく言うインフラの貢献じゃないでしょうか?
 日本は併合前に当時の半島政府機関の人物と話し合い、彼らの求めに応じたにすぎませんし、しかも併合前に前述のとおり国際社会に向けて併合の是非を問うています。家人と近隣にいまから泥棒に入りますと宣言し、許可を取ってから泥棒に入るような馬鹿がいるでしょうか。そんな論理を持ち出すのはやっぱりバカな韓国人だけでしょう。「わかりましたか?もう一度、強調します。」自己に不都合な歴史を無視して、親切な相手を悪人呼ばわりして、しかも世界中のだれもが、子供でさえが受け入れられないような譬え話で詭弁を弄して<<歴史>>を捏造してはいけません。

真実の歴史を直視し、そこから真摯に学ばない民族に未来はありません。つまり、あなたがた韓国人には輝かしい過去も、豊かな現在も、明るい未来もないのです。あなたがたは真実の歴史に目をつぶり、栄光の妄想を掲げ、その妄想の根拠として隣国の世界に二つとない善良にして美しい国日本を叩き、極悪国家にしたてあげ、そこに立ち向かった強く良い国である自国について捏造し、嘘を喧伝し、自尊心を満たしているのです。

>朝鮮半島でのインフラの整備はあなたたちの略奪過程で生まれたもので、
>決して朝鮮のために作ったものではありません。
  「略奪過程」って、笑い話も大概にしてください。当時、韓半島には略奪に値するものは何もありませんでした。韓国には人も土地も物も本当になにも価値あるものはありませんでした。それは台湾と大きな違いです。台湾には樟脳がありました。また台湾にはインフラを整備する日本人の誠実さを理解し、日本人を慕う人柄のよさがありました。台湾は大規模ダムを造り、灌漑設備を整備すれば、豊かな実りが期待される土地柄だったのです。それは今日の台湾の繁栄ぶりが示しています。

>現在における世界の歴史の流れをみても、日本による36年間の統治がなくても、
>朝鮮半島は封建国家のままで、ウンコが散らばっていることは可決されることです。
  そうですか。それは勝手ですが。もしそうならあなたは存在していなかったでしょう。出生率を高め、死亡率を低下させたたのは日本が整えたインフラ設備のおかげですからね。
それにしてもさっきからウンコ・ウンコとやはりウンコが好きなんですね。ならば、半島伝統のトンスルブランドを賞味しながら、外国人による韓国史を読んでください。そうすると、あなたの歴史観、韓国政府の歴史観が見事に独善的であり、非科学的であることを目にすることができるでしょう。

>また、韓国の経済発展には確かに日本の存在意義は大きです。
  併合時代の日本政府が整備したインフラがあったからこそ、のちの発展が可能だったのです。これがなければアメリカがそれを日本の代わりにしなければならなかったわけですから、第一に今日の韓国の(外見上の)発展は日本のおかげです。当然、経済発展を担いうる人材育成を行ったのも教育制度及び設備を構築した日本政府です。また、つづく「漢江の奇跡」の財政的根拠はすべて日本政府からの持ち出しです。こうした歴史的遺産を前にして韓国は日本に感謝すべきです。

  ところで、もう一つ言っておきますが、韓国は併合時代のすべての日本政府製の半島における有形無形の資財を何の断りもなく自身のものとしました。これこそ強奪であり、泥棒行為です。あと、韓国は過去のすべての円借款を早く償還しなければなりません。これも泥棒行為です。とりわけIMF通貨危機時のそれです。いつまで泥棒したままなのですか。借りた物は速やかに返しましょう。少なくとも、今この瞬間に謝罪が必要です。
>しかし、日本よりはアメリカの存在意義の方がもっと高く、グローバリズム
>による普通で 当たり前の現象です。
 グローバリズム云々はもっと後世のことです。軍事政権崩壊以降のことでしょう。
>それで、韓国は感謝しないといけないとかの日本の右翼の発言は幼稚で
>仕方がありません。
  上記に記したように韓国は日本政府が半島に残した遺産と戦後の財政支援に関して感謝すべきです。日本の右翼の発言は正しいのです。ところで、在日韓国人・北朝鮮人が多く暴力団に所属し、その外郭団体として日本の似非右翼を構成しています。彼らがあなたがたに負けず劣らず(血は争えないw)無謀な歴史観と要求を日本政府と日本社会に突き付けています。彼らの「幼稚な発言」には困ったものです。

>同んなじ理屈で語るならば、戦後日本の経済回復には朝鮮戦争の
>役割が大きいから、日本人は朝鮮半島に感謝しなければならないと話す
>朝鮮半島の人は一人もいません。
  「感謝しなければならない」、いやその通りです。わたしは経済回復の契機になったという点のみに関しては個人的にはあなたのいうとおり感謝しています。しかし、それは朝鮮半島にではなく、アメリカにです。半島は戦争の舞台になったにすぎません。日本に物資生産を発注し、日本の産業界に金を落としてくれたのはアメリカですから、アメリカに感謝しているのです。

  「戦後日本の経済回復には朝鮮戦争の役割が大きいから、日本人は朝鮮半島に感謝しなければならないと話す朝鮮半島の人」は、私が知る限り、二人いましたよ。私は馬鹿な奴だと思って聞いていましたが。。。

>このように、日本人よ、ここYouTubeに投稿したってあなたたちのような
>思想が歪み、偽民主主義思想を持ち、先進国の品位をパクりしたあなたたちの
>レベルの低さをそのままバラしていることだけに何の解決にもなりません。
  曲がった木を標準にして真っ直ぐな木を見れば、曲がっていると判断するものでしょう。誤った数値のメジャーは正しい計測ができません。それと同じで「思想が歪み、偽民主主義思想」を持っている韓国人は真っ直ぐな日本人を正しく評価できません。

 たしかに日本社会の民主主義体制は完璧ではありません。それは世界において名だたる民主主義国家であるアメリカやフランスでも人種差別問題が根深くあり、理想的な民主主義社会とは言い難い現実があります。しかしそこには自由があります。日本にも自由があります。しかし、韓国はどうですか。韓国の場合は民主主義社会云々以前の問題です。韓国には民主主義の前提である自由がありません。
  先ごろから、問題になっている産経新聞ソウル支局関係者のパククネに関わる報道で表現の自由が問題になっているではないですか。また、歴史学を取り巻く環境においても韓国には自由がありません。併合時代の日本の統治を実態通りに(つまり高く)評価するような見解は社会的抹殺の対象となっているでしょう?親日罪という罪状もあるぐらいですし。

そうした状況の原因は、韓国にとって歴史学は政治学の下女になりさがっているからです(支那と同様に)。韓国人にとって事実は自身が主張したい主観のまえに無力化されます。そのことを一韓国人が示していることをあなた自身を例として上に示しましたが、自覚してくれたでしょうか。

「先進国の品位をパクる」というのは奇妙な考え方ですね。品位は理想的なあり方をまねることから始まります。先進国には先進国の品位があるでしょうし、日本には日本の品位があります。また、お互いに共通する品位もあるでしょう。それらは国際標準であり、あなたが上に掲げたグローバル社会においてはそうした国際標準に合わせて物事を考え、発言し、ふるまうものなのです。先進国の外国人も日本に来れば、常識的に考えれば、日本の品位に合わせて言動を行うでしょう。

 ちなみに日本は先進国ですが、韓国は先進国ではありません。この事実はご存知でしょうか?できれば、韓国人も先進国の品位をできるものならパクってください。そうして世界中の韓国人に対する悪評を覆してください。とりわけ、日本において韓国人は先進国である日本人の品位を学び、まねて日本人における韓国人への悪評を覆してほしいものです。あなたがたは非常に評判が悪いです。

一部には「韓国人を見たら犯罪者と思え」とまで警告が促されています。実際に在日韓国人による強盗・惨殺・強姦殺害といった事件が多数起こっているのです。また、海外で悪いことをするときに、あなたがたは「わたしは日本人です」と嘘をついて日本人の振りをしないでください。迷惑しています。また、品位に関していえば、韓国人や在日韓国人・北朝鮮人に対していいたい。日本で罪を犯すな。韓国人は強姦・殺人・空き巣・強盗をするな!

  koreasmのように自身の非を不問とし、他者のありもしない非を論じるのは正常な精神活動ではありません。韓国人との付き合い方は世界中の人々が苦慮している問題です。一番いいのは韓国人とは付き合わないということです。ロシア人や支那人でさえがそういっています。これは正しいことでしょう。そんなわけでkoreasmに言いたい。日本に関わるな!

国民的アイドル ももいろクローバーZの哲学的考察

いまやAKBグループを凌ぐ、絶大な人気を誇るももいろクローバーZ。
このグループの人気ぶりを知る人は多いことと思います。
単にファン層が広いだけでなく、コアなファンは「もののふ」と呼ばれています。
また、芸能界にファンが多数存在しています。
さらに超一流アーティストが彼女らを支えたいとコラボを申し込んでいます。

そんな彼女らの人気の原因について多くの人が語っています。
たとえば、南海キャンディーズの山ちゃんは「自分の娘や姪っ子、親戚の子が頑張っているのを見て応援したくなるのと同じ」「甲子園を応援するような気持ち」といっています。その通りだと思います。
彼女らを支えるスタッフ側の創意工夫も当然あります。
いわゆる「仕掛け」。斬新な仕掛けの数々。過去のアイドルのコンサートにはみられなかったプロレス的な要素。

わたしは一般的な表現ではなく、また外枠的なものではなく、パフォーマーとしての彼女らとファンの関係性の中に彼女らの人気の原因を探りたいと思っています。

さらに、彼女らの人気ぶりは「国民的人気」と形容されるほどですが、なぜ「国民的」とまで言われるのでしょうか。
また老若男女を問わず彼女らは支持を得ています。なぜなのでしょう。
そんな彼女らの特異な人気ぶりの原因を哲学的に分析・析出してみます。

彼女らの国民的人気ぶりを二つの哲学的視座から分析してみました。
ひとつは道徳的価値観の視座からです。
もうひとつは現象学的リアリズムの視座からです。


では以下に芸能界を哲学的思考で斬ってみます。

彼女らの人気の原因を考え抜いてしまった。彼女らの人気の原因はなんなんだろう。

アイドルのダンスとは思えないほど、飛んだり・跳ねたり・しゃがんだり・走り回ったりのステージ・パフォーマンス。激しい振りや笑いを誘う珍妙なおどけ芸。それらを元気いっぱいに満面の笑顔でやってのけて、しかも生歌を披露。

その生歌は声と息遣いを通じて観衆に彼女らの歓喜と感激に満ち満ちた感情を直に伝わらせている。歌詞にも彼女らの等身大のメッセージが込められており、そこには背伸びは感じられないし、格好つけもないし、演技も感じられない。

いや、むしろそれらはあるのだろうが、まったくといっていいほど感じられない。それらを感じないのはなぜなんだろう?彼女らの演技力?彼女らはそこまで老練なのか?熟達しているのか?そうではないように思う。むしろ、もっとプリミティブなもの、そう彼女らが発揮できるもの、彼女らだからこそ発揮できるものではないか。

それが「本気」。本気度120%のパフォーマンスがステージという仮想空間をリアルなものに変貌させている。彼女らの本気さがリアリティを作り上げている。ステージ上の彼女らは彼女ら自身を観衆に本気でぶつけている。そして観衆は彼女らの本気さに圧倒されている。youtubeのこの小さな画面を通じてさえもそれは起きている。

彼女らの本気は日本人の道徳的心性をも満たしている。彼女らの本気度120%のパフォーマンスに日本人のもつ伝統的な道徳的価値観である一所懸命さ、ひた向きさ、まじめさ、全力、真剣さがひしひしと伝わってくる。観衆は彼女らのパフォーマンスにそれらを看て取り、「すばらしい」「いいな」「かわいい」と感じ、応援したくなる。こうした道徳的価値観の体現者は憧憬・尊敬の対象になる。ここにももクロZが日本社会において国民的アイドル、世界のももクロNo.1と呼ばれる道徳的根拠がある。

観衆は年齢に関わりなく、男女に関係なく誰もが彼女らの笑顔と振りと歌にひきつけられる。それはとらえられる感じであり、魂が鷲掴みにされる感覚である。哲学的に換言すると、今生きているがゆえに生き続けたいという無意識下の生の持続欲求が繰り出す力への指向が満たされるという事態ではないだろうか。

彼女らのステージ・パフォーマンスにおいてひとの無意識下の生の持続欲求が繰り出す力への指向を彼女らの生の力に満ち溢れた笑顔と振りと歌によって溢れんばかりに満たされ、力づけられる。それが「勇気をもらった」「力をもらった」「励まされた」と表現されているのでは?これがももクロZの人気の現象学的リアリズムによる哲学的解明であり、彼女らが国民的アイドルたる哲学的根拠である。

日本ではなぜキリスト教が振るわないのか

日本ではなぜ キリスト教が振るわないのでしょうか。

お隣の韓国ではキリスト教人口は40パーセントにも上るといわれています。
支那では地下教会が盛んです。あまりにも爆発的なキリスト教徒の増加に危機感を持った人民政府つまり共産党は教会堂を強制的に破壊しています。

キリスト教は未宣教地に伝えられたとき、その地が治安が悪く、社会的に不安定であればあるほど人心を捕え、教勢を伸ばしました。

ところが、宣教師が来たとき(とりわけ明治期や終戦後)、爆発的な信者獲得を見た他の地域に比べて、日本は治安が良く、社会不安も諸外国に比して大きくはなかったのです。

つまり、外来の宗教であるキリスト教に依存する必要性が全くなかったのです。

そのため日本では思ったように教勢は伸びませんでした。

今日でも、日本におけるキリスト教徒の人口は1%未満です。
(1970年代からずっとそういわれ続けています。)
プロフィール

 軽部勇人

Author: 軽部勇人
A missionary in this Cyber Church

職業:医療関係
過去には10年ほど某教会の牧師をやっていました。他にもアルバイトを含め、さまざまな仕事を経験してきました。

趣味:哲学書・神学書の翻訳味読、歴史書精読(近現代史)・戦国史研究、民俗学研究

特技:ランニング
35年以上やってます。
10代は走力の限界への挑戦。
20,30代以降は身体的・精神的カタルシス効果の獲得。

信条:近現代史に関して、おそらく日本でオンリーワンの認識をもつミッショナリーです。反日活動家の侮日発言や特亜三国の歴史捏造に対してプロテスト(抗議)します。

なお、統一教会、ものみの塔、モルモン教会とは関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR