AKB48の活躍に感じたいじめの起こり

 いじめにおいてはいじめられる側といじめる側との間にいじめ行為とされるものに関する人間関係論的な解釈に相違があることも多い。つまり、いじめ行為とされるものについていじめる側はそれを遊び・じゃれあい・冗談として解する一方で、いじめられる側はその同じものを人権侵害行為あるいはいわば犯罪行為とも解する。

 AKB48の指原がそのへたれキャラから大ブレイクした。その契機となったのは某番組においてバンジージャンプを二度棄権したことだった。これ以降、彼女はへたれのアイドルとして各局の番組企画においていじられ役を演じることをとおして人気を獲得していった。しかし、このいじり・いじられる関係はいじめの行為と本質的に変わらないのではないか。単なるいじりが実はいじられる側にとってはいじめ以外の何物でもないことがある。いじめというものは遊びや楽しさといった人間の至極健康的な人の交流関係の中に常にリスク要素として潜んでいる。

 各局は指原をいじられ役として、換言すればいじめられ役として起用し続けた。(ただ、指原の場合、彼女はこれを人気獲得の契機としてうまく利用した。)これはアメリカではありえないタレント・ポジションである。ここにNHKを含めた放送局のいじめに関する意識の低さ、人権意識の低さがみて取れる。ちなみに日本のお笑い界全体がそうした傾向を示している。特に問題となるのはお笑いコンビがそのパフォーマンスの中で相方の頭をはたくなどの暴力行為である。暴力を笑う、弱者に無理強いする、泣き顔を見て笑うという精神文化を日本は卒業せねばならないだろう。

少なくともアメリカでは暴力行為によって笑いをとるというのは禁止事項である。なかには女性タレントやアイドルがはたかれたり、けられたりといった場面がある。本来ならば、画面を正視できない人権侵害であるべきものである。ところが日本では多くの視聴者がこうした事態を正視し、しかも笑っている。それを期待し、番組側はますますエスカレートしたいじり番組を制作している。こうしたことから日本の放送局は人権意識が低いといえる。

 このあたりの意識を変えない限り、陰湿ないじめの発端ともなりうるいじり・いじられの人間関係の発生予防はできないだろう。かえってそれを公共の電波で垂れ流され続け、これを楽しさ・おもしろさ・笑いの手本と受け止めることが許されてしまっている日本社会から、いじめはなくならないだろうし、少なくともそうしたひとつのいじめの芽を摘むこともできないだろう。
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プロフィール

 軽部勇人

Author: 軽部勇人
A missionary in this Cyber Church

職業:医療関係
過去には10年ほど某教会の牧師をやっていました。他にもアルバイトを含め、さまざまな仕事を経験してきました。

趣味:哲学書・神学書の翻訳味読、歴史書精読(近現代史)・戦国史研究、民俗学研究

特技:ランニング
35年以上やってます。
10代は走力の限界への挑戦。
20,30代以降は身体的・精神的カタルシス効果の獲得。

信条:近現代史に関して、おそらく日本でオンリーワンの認識をもつミッショナリーです。反日活動家の侮日発言や特亜三国の歴史捏造に対してプロテスト(抗議)します。

なお、統一教会、ものみの塔、モルモン教会とは関係ありません。

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