アメリカが日本を滅ぼそうとした

大東亜戦争は戦勝国の都合によって太平洋戦争と呼びならわされるようになりました。アメリカは国内に寄生しアメリカ社会に寄生し、その経済的生き血を吸い続けていたユダヤ資本(エージェント=ユダヤ・共産主義者)によって操られ、日本への復讐、ヨーロッパ戦線への参加のために日本と開戦するに至りました。

当時のアメリカ大統領ルーズベルトとトルーマンは戦争犯罪人であり、その罪を逃れることはできません。たとえ、大統領の子供であろうとも。shinjitu nakanoはアメリカ軍によるこの記録映画について解釈を捻じ曲げてこうして公開に踏み切りました。GHQ作成のWar Guilt Information Program(WGIP)によるただの洗脳者にして反日屋です。  そもそも西欧列強諸国がアジアに広大な植民地を抱える中でアメリカのみが立ち遅れ、ルーズベルトは国益のために欧州戦線に参加し、ドイツと一戦を交え、権益拡大をもくろんでいました。

ところが、アメリカ市民は戦争反対でした。その世論を変えるために日本との戦争を計画しました。日本に石油を輸出せず、窮地に追い込み、日本側の攻撃を待ち望んでいました。  そうして実現したのがルーズベルトが期待した通りの真珠湾攻撃です。これを大々的にアメリカの危機とセンセーショナルに喧伝し、アメリカ世論の参戦の意思を形成したのでした。あとはアメリカは日本人に対して戦争犯罪による暴虐の数々を尽くします。無辜の市民を巻き添えにした二つの原爆、大都市空襲です。日本人捕虜はほとんどが殺害されました。

沖縄戦の記録映画においては沖縄県民が一部収容されていますが、カメラのまわっていないところでは女性は強姦され、多数の人々が殺されています。のちにGHQ最高責任者として当初任に当たったマッカーサー元帥はのちにこの戦争は日本にとって安全保障上の自衛戦争であったと法廷で証言しています。また、彼は天皇陛下の御人柄に感動し、日本の復興にとって最重要の存在と考えました。そんな天皇陛下が殺人者であるわけがありません。天皇陛下は古来より日本国民の幸福のために日本国の大祭司として祈り続けてくださっています。
スポンサーサイト

日本におけるカルヴィニズムの反日的志向

  「21世紀を迎えたカルヴィニズム―JCAの使命の継承と展望―」(市川康則著2002年)という論文がある。カルヴィニズムとはフランス人の宗教改革者ジャン・カルヴァンの思想と信仰を継ぐ集団を言い、教派名としては一般に改革派や長老派を標榜している。JCAとは日本カルヴィニズム協会の略称である。この中で「日本における歴史的カルヴィニズムの発展の企図にとって不可欠な日本的文脈研究において、最大の不可避的主題また課題は『天皇制』についての批判的研究である」という一文がある。つまり、天皇制はカルヴィニズムの発展を阻害する制度であり、これを打倒するために研究しなければならないということである。この見解は実に不見識極まりないものである。いかに反論を展開する。


  まず、天皇制という用語を問題にする。これは共産党がその昔に天皇・皇室廃絶のために言論活動をするにあたってその批判的立論を容易にするために創作した用語である。つまり、天皇という存在は日本にはもともとはなかった、後付けの差別構造制度であるというわけである。そもそも立場を異にする無神論を標榜する共産党と同じ用語を使用して天皇批判を展開するとはその「歴史的カルヴィニズム」の名が廃れるというものである。歴史性を重要視する集団内自意識があるならば、批判対象の歴史性をも熟知しておくべきであろう。


  天皇陛下について少し述べておきたい。日本国は天皇陛下を国の象徴―現行憲法で保障され、歴史的にも象徴的存在であった―として崇める歴史と伝統のある国柄である。天皇陛下の存在は日本という日本国にとっては必要不可欠であることは憲法上も認められ、国民的意識においても新年の皇居一般参賀の盛況ぶりや行幸の際の国民の歓迎ぶりからみれば、どれほど国民の信と親を集める存在であるかは一目瞭然である。また、キリスト教国家を含む外国においてはその公式訪問においては日本の国家元首として最高の待遇を受けている。あの英国のエリザベス女王よりも国王的地位は上位なのである。しかも多くの国民は知らないが、天皇陛下の本質的職務は日本国の大祭司である。天皇陛下は節目節目日々日本国民のために祈って下さっている。


そうした天皇陛下を自らの勢力拡充のために邪魔だと批判するキリスト教組織とはいったい何様のつもりなのだろうか。ここで問題になってくるのは国家と宗教の関係である。カルヴィニストは聖書に基づき、自分たちの主張が最も聖書に則っていると考える。それは政教関係においてもいえる。聖書的政教関係つまりカルヴィニズム的政教関係とはいかなるものなのか。それは1500年代にスイスのジュネーヴで宗教改革者カルヴァンが行っていたジュネーヴ的神政政治なのか。カルヴィニズム側にはなんらかの具体的な聖書的政教関係論があるのだろうか。

ここで詳論はできないが、政治は改革派神学の観点からいえば一般啓示と一般恩恵の管掌事項といえよう。ということは、各地域・各国に各々の歴史と伝統に則った政治体制があってよいのではないだろうか。また、古来政治は宗教と密接に結びついており、いわゆる政治的正統性の主張は宗教に根源をおくのが古代の習わしであった。このことから歴史の古い王朝国家であればあるほど、宗教と密接不可分な政治制度を有しているのは嫌悪の対象ではなく、むしろ誇りであるといえよう。もし、カルヴィニズムが日本における天皇概念を批判し、その廃絶を願い、そのうえでの神政政治体制を願うならば、それは一般啓示論や一般恩恵論に反している。

むしろ、それは「天皇制」政教一致を批判しつつも「カルヴィニズム」的政教一致を望んでいる、という矛盾を犯してしまっていることになる。カルヴィニズムの考え方においては政教一致はいかなるありようにおいても反聖書的な様態であるはずである。なぜなら、キリストの再臨の時はいまだ来たっていないからである。


   理想の政治体制に関して聖書には明示されていない。長老制はあくまで教会政治制度である。国の政治体制は種々異なる多数の政治主張がありうるし、そこにはキリスト教徒以外、カルヴィニスト以外の市民も存在する。もし、これを否定するなら、聖書の歴史観すなわち神の国のnot yet性を否定することになる。少なくとも今の世においてはキリスト教徒が大多数を占めない国ではその国の拠って立つ宗教的正統性は非キリスト教色でもよいのである。この結論に鑑みれば、カルヴィニズムの勢力拡大のために天皇制が邪魔であるという見解は一昔前の共産党の主張と同じであり、それは革命家、体制破壊論者、伝統破壊論者のそれであるにすぎない。
  

  市川は「天皇制は政治体制の形態ではあるが、しかし、日本における有形無形の全体主義・集団主義の典型、まさに“象徴”である」という一文を批判的文脈においてものしている。ここで「全体主義」とは当然戦中のファシズム的全体主義を意識しての詐術的論理に基づく表現であろう。つまり全体主義という戦時社会を象徴する表現を使うことによって天皇に戦争イメージを結びつけ、天皇は社会にとって危険な存在であることを印象付けようとしているようである。天皇と全体主義とは直接的関係性はない。また、象徴的位置づけが悪いのであれば、キリスト教国家である英国における国王の位置づけはいったいどうなるのだろうか。政教分離の原則から言っていかがわしいものといいうるのだろうか。

  また、全体主義と並んで集団主義という用語も使用している。この集団主義が力を発揮し、全世界に感動を生ぜしめた出来事があった。それが2011年3月11日の東北大震災における被災者たちの秩序ある行動である。そこには海外によくみられる暴動や略奪は起こらず、社会的混乱は予想外になかった。これについて海外の人々は驚嘆した。日本人にとっては当たり前の光景なのだが。だれもがこのとき助け合い、弱者を優先し、一致し、和を乱さずに行動することが必要と感じたはずである。このことを集団主義と評し、批判することがカルヴィニストはできるのだろうか。被災地にあったカルヴィニストたちも天皇陛下を国家元首(象徴的元首)として戴く日本国民の歴史的・伝統的常識や社会的恩恵に浴したはずである。少なくともカルヴィニストのこの天皇批判にみられる反日的志向は改革派神学的ではないし、聖書的神学でもないし、かえって日本史的考察や精神史的考察の不十分さと生活体験に裏付けを持たぬ机上の空論であることを暴露している。

共産党市議会議員の反体制的質問

以前に長崎市長だった本島氏が天皇の戦争責任があると発言し、国中に議論を呼んだ。これは長崎市議会で共産党市議会議員が「昭和天皇の戦争責任に関する意見を求める質問」を提出し、それに対する回答として発言したものだった。そもそも、こんな
質問をする共産党員が市議会議員であってはならない。

共産主義思想を持つのなら他国で生きればよい。韓国やアメリカでは共産党は公認されていない。隣国に共産党国家をもつ日本国は共産党を政治結社として公認してはならない。戦争を嫌い、反対するのはよいことだが、防衛軍の存在や天皇陛下・皇室の存在を否定するのは間違いである。

共産党が天皇陛下や皇室、軍隊の存在を本質的に否定するのは、単に先の大東亜戦争に対する反省からではなく、マルクス主義思想そのものに由来するものである。つまり、労働者階級のみの存在を肯定し、王族を認めないこと、現段階で武力をもたない共産党にとっては一党独裁するためには邪魔な存在である。

かえって共産党は一党独裁化(ファッショ化)に成功すれば、共産党軍をつくり、そのもとで共産党体制に反する自由な意見・思想信条を取り締まるのである。以前のソビエトがそうであったように、今のシナがそうであるように。

天皇陛下の権威と日本人

   戦国時代から安土桃山時代を経て、江戸時代においても武家は宮家を中心とした貴族階級を廃することなく、武力的頂点に立った将軍はあくまで征夷大将軍であって、その権威は天皇に由来した。彼らは天皇(シナ流に言えば皇帝)を名乗らなかったし、たとえその企てが起ころうとも成功しなかった。それは日本人の意識に植え付けられている天皇陛下への長久の尊崇の念がなせる所為とみなさざるを得ない。

   戦時中には多くの日本兵が「天皇陛下万歳」と唱えてお国のためにその身命を捧げた。共産主義者は「天皇制」という制度呼称を創作し、皇室廃絶のため批判しやすいように後世の人工物という印象付けを行った。「天皇陛下万歳」と謳って散った兵士たちを狂信と呼んだ。共産主義者は平和主義を気取り、母親=戦争反対というイメージから、実際は「お母さん!」と叫んで死んでいった兵士たちが多かったと積極的に吹聴した。(実際のところ、母親は国防婦人会においてお国のためにと父・夫・息子を戦場に送り、支えた。それはなにより、嘘ではなく真実にシナの謀略とアメリカの侵略に国民一丸となって戦ったという事実である。)

   しかし、皇后陛下さえが天皇陛下を暴漢の手からその身をもって護衛するという行動から何が言えようか。日本人として、その伝統精神に倣い従うなら、天皇陛下への尊崇の念から「天皇陛下のために」という気概は日本人にとって万人普遍のものではなかろうか。共産主義者(広く極左からリベラル左派まで)の思想・信条的謀略から、天皇陛下の意義、ひいては日本人の価値を貶める言動は許されてはならない。

   日本の歴史上の人物が天皇陛下の権威を認めるのに現代の日本人がその権威を認めないというのはあってはならない。海外の人々が天皇陛下の権威を認めるのに当の日本国民が無関心であったり、敬意を表さないというのはあってはならない。

日本国民統合の象徴―「治す」ということ

日本国憲法第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

大日本国憲法第1条
大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治す。

竹田恒泰氏の『日本人の原点がわかる国体の授業』から、日本国憲法の「天皇は日本国民統合の象徴」と大日本帝国憲法の「天皇之ヲ統治ス」は同じことを意味しているということを学びました。

元来、井上毅が大日本国憲法の草案を作ったときに「天皇之ヲ統治ス」の統治スは治ス(シラス)だったそうです。
では「治ス」は何を意味しているのかというと、「天皇が広く国の事情をお知りになることで、自然と国が一つに束ねられること」だそうです(72頁)。

この意味合いは『日本書紀』に 記されている仁徳天皇の「それ天(アメ)の君として立つには、百姓(おほみたから)のため」という句に纏わる出来事に託されています。出来事そのものは省略します。

換言すれば、その意味合いは天皇が存在することによって自然と国がまとまるという和の精神に即した言葉だそうです。
つまり、天皇が国を治すということは、天皇の存在そのものが国のまとまりをつくるということです。この意味は、日本国憲法の「天皇は日本国民統合の象徴」と同じことです。

私流にいうと、天皇は日本国民統合の要です。まさに天皇が日本国を治すことによって、具体的には国民のために祈ってくださっていることによって日本国はまとまっているのです。

伊藤博文は「治ス」という言葉は一般に理解されづらいとうことで「統治ス」に置き換えたそうです。これによって後世において左寄りの見方からは専制君主的な支配と混同される潜在的危険性をもってしまったのではないかと私は思います。

私たちはもっと天皇陛下や皇室について知らなければならないと思います。そうすると、日本という国が本当に帝の国であることを実感すると思います。天皇陛下は世界に比類なき国家元首です。竹田氏の著書はお勧めです。
プロフィール

 軽部勇人

Author: 軽部勇人
A missionary in this Cyber Church

職業:医療関係
過去には10年ほど某教会の牧師をやっていました。他にもアルバイトを含め、さまざまな仕事を経験してきました。

趣味:哲学書・神学書の翻訳味読、歴史書精読(近現代史)・戦国史研究、民俗学研究

特技:ランニング
35年以上やってます。
10代は走力の限界への挑戦。
20,30代以降は身体的・精神的カタルシス効果の獲得。

信条:近現代史に関して、おそらく日本でオンリーワンの認識をもつミッショナリーです。反日活動家の侮日発言や特亜三国の歴史捏造に対してプロテスト(抗議)します。

なお、統一教会、ものみの塔、モルモン教会とは関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR